2012年03月15日

原発は人の手に余るものではないのか

東日本大震災以降、脱原発運動が世界各地で起きている。


原発は、発電中は二酸化炭素を発生させないことや、発電コストの安さ(虚偽報告っぽいけど)など、確かにメリットはある。
しかし、放射能の危険や、膨大な熱を海へ流すことでの生態系への影響(これは火力発電所も変わらないかもしれないが)など、環境への負荷やリスクが大きすぎる。
それに、使用済み核燃料の半減期が、もはや人間の管理できる時間ではない。


●オンカロの最終処分場

フィンランドにオンカロ(隠し場所の意)という核廃棄物の最終処分場がある。
岩盤を500mも掘り下げた地に作られ、100年後に廃棄物でいっぱいになると完全に閉鎖される。
欧州の基準では、核廃棄物が人体に影響のないレベルまで下がるまでに10万年を要する。
それまで、オンカロは絶対堅固でなくてはならないのだ。


10万年というサイクルは人間にとっては長すぎる。
人の作った容器が果たして10万年も耐えられるだろうか。
多分無理だろう。


しかし、10万年というサイクルが長いのは地球にとっても同じだ。
その間にこの場所を脅かしかねない天変地異が起きないとも限らない。
考古学においては、地球は過去にも今と同じような比較的平穏な時期であったとして、情報を蓄積、分析しているが、本当はそうではないという。


恐竜が滅びたのは6500万年前という途方もない過去の話しではなく、実はごく最近だというし(その生き残りがUMA)、そのごく短い期間にも天変地異が起きている。
核廃棄物を無害化するような技術が無ければ、扱って良いものではないと思うのだ。

こちらは六ヶ所村の原燃PRセンターへ行った時のものです。
http://takanobu.me/?p=340



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posted by topolino at 13:53| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース/時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
同感です。

簡単に物凄い熱量が得られるというメリットは逆に言えば上手く冷やさないと大変であるという事であり冷やす事そのものも大変であるという事です。

宇宙空間などでは
苦労して無理矢理冷やさなくても冷却出来ますが地上ではかなり無理矢理冷却しています。

という事は
地球全体で許容出来得る原子炉の数ってのはある程度限りがあって
もはやすでに海水温度が上昇傾向になってました。
昨年の原発事故で日本の原発のほとんどが停止したら日本近海の海水温度がものの見事に平年並み以下となりましたから確実です。
Posted by おっさん at 2012年03月19日 06:29
原発一基だけの熱量だけでも、周囲の環境に与える影響はかなりのものだと聞きます。
放射性物質の取り扱いだけでなく、環境面の負荷においても人間の手には余るもののようですね。

仰る通り、それは日本だけでなく地球規模で考えなくてはならないことであり、それを人間ができるのかというと疑問です。
Posted by 林 孝信 at 2012年03月19日 10:39
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