2012年05月13日

ホームレス問題は根深い

夜中の大宮駅周辺は、深夜になって多くの人でごった返していた。
東京もそうだが、大宮もなかなかどうして眠らない街だ。


●ホームレスの方がいた

大宮駅東口、駅の構内への階段近くにホームレスの方がいた。
寝ようとはしているのだが、寒くて寝られないのだろう。
頻繁に起き上がっては体をさすっている。
他の人は見て見ぬふりだ。
いや、明らかに避けていた。


他の人はワイワイバカ話している横で、一体何なのだろう。
この方がホームレスをしているのはただ金が無いという理由だけだ。


なんだかいたたまれなくなった。
ホームレスの方が、というよりは自分がだ。
自分も同じ事をしているのだが、周りの人間と自分が同じだとは思いたくなかった。
一晩とは言え、自分も凍える夜を過ごした。


●コーヒーを2つ買って

暖かいコーヒーを2つ買い一つを渡した。
コーヒーを飲みつつ話をしたかったのだが、お前のもよこせと手を差し出された。
結局話すことはできずに、ただ2つコーヒーを渡しただけだった。


すぐに飲むのかと思えば、持っていたビニール袋に放り込んでいた。
ストックして後で飲むのだろう。
暖かいのだから、せめて懐にでも入れておけば良いのに。


動物と人間と

動物の意義が生存と反映にあるのであれば、この方の選択は正しいのだろう。
でも、人間と動物は違うと思う。
違わなければ何の為にこれだけの知恵を得たのか。
結果やってることはお金を媒体とした弱肉強食に過ぎないけれど、動物と人間は違うと信じたい。


南の島の酋長ツイアビが初めて文明を見る話が載っている、パパラギという本がある。
その中に、ホームレスの方を見て、「この人はゆっくりと歩き、目にはおだやかな、親しみ深いほほえみがたたえられていたのだから」とある。


自分にはとてもそうな見えなかった。
ただ、生きることだけに必死な一人の人間にしか見えなかった。

【送料無料】パパラギ

【送料無料】パパラギ
価格:630円(税込、送料別)



↓ このブログたちがあなたの一助となりますように。

学問・科学 ブログランキングへ


posted by topolino at 08:55| Comment(5) | TrackBack(0) | ニュース/時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
繁栄
Posted by at 2012年05月13日 21:26
「パパラギ」ぼくも読みました。

ホームレスの写真展を見たことがあります。戦後間もないころから、高度成長期にかけての写真で、当時の浮浪者は本当に着ているものが凄まじかったことを覚えています。

 どうしてこうなってしまったのだろう?
 今後の夢は?
 いまの活動は?(何をして生き抜いているのか?)


 新宿西口の住民の声を聞いてみたい。

 お金とは何か?

 自治体で償却される地域通貨を発行し、ベーシックインカムを実現することは技術的に可能だ。

 しかし、働くかざるもの食うべからずという考えが横行している。

 パチンコやAIJのような詐欺を働く金融業、エネルギーの無駄遣い、兵器産業などの死の商人・・・。
 働かない方が人のためになるようなことがいっぱいある。

 すぐ壊れてしまう製品をつくる製造者。

 徳よりも得を重んじる風潮。


 汚れた河川や湖を綺麗にするバクテリアがあるそうだ。

 数はわずかでもパンデミックスが起き、広がり、浄化される可能性もある。

 考えることを去勢された人々が、自分のことだけでなく全体のことを自分のことのように自ら思うとき、平和が訪れる。

 自ら思うことなく、誰かのいいなりになったとき、全体主義が横行し、戦争に突入する。

 いつも戦争に反対する人たちは少数だ。

 多数決はけっして正しいわけではない。

 新しい理論や考え方はつねに少数からはじまる。
Posted by 白井賢人 at 2012年05月14日 10:18
ホームレスの方も最初からホームレスだったわけではなく、何らかの理由で働けなくなってしまったのだと思います。
政府はセーフティーネットなどとカッコイイことは言っておりますが、それが機能していないことは明らかです。


私の考えは白井さんとは少し違っていて、この世は見かけは大多数の意見で回っているように見えても、実際は少数の金持ちの理論で動いていると思います。
資本主義は結局のところ金持ちが金を持っていない人を支配する為の構造ですし、働く方もそれを受け入れています。
戦争も、その方が都合の良い、ごく一握りの人間によって起こされます。
Posted by 林 孝信 at 2012年05月14日 19:03
私はあなたとは違う意見。

あの方を毎日みかけるが、
ものはちらけっぱなしにする、
公共の場を占有する、
異臭を周囲に放つ、
禁煙スペースでタバコを吸う・・・

正直、同情の余地は無い。

ペットボトル飲料などもよく飲んでいるが、
何かしらの収入源があるのか―

もしかするとあなたのように
買い与える方がいるのかもしれない。

そうして
そこそこの生活を与えることが
彼に「現状でいい」と思わせるとも考えずに・・・
Posted by 住民 at 2013年03月21日 19:49
私は一日しかいませんでしたので、普段の行動については分かりません。

ただ、客観的に見て駅前で寒空の下で寝ることがそこそこの生活でしょうか。
ペットボトルなどのよく飲んでいる人が、私が渡したものをすぐに飲まずにポケットにしまうでしょうか。

公共の場を占有する等、たしかに同情の余地はないかもしれません。
でも、そう思うことで自分に対しての免罪符にしているということはないですか?

私はただ、周囲に対して気を遣うだけの余裕がないように思えます。
そして、周囲の人達をそうする必要があるほど価値のあることとは思っていないのかもしれません。

Posted by 林 孝信 at 2013年03月23日 11:06
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
td> td>
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。