2013年02月22日

どうする使用済み核燃料。もはや再稼働するとかしないの次元ではない。

原発はよくトイレの無いマンションに例えられる。
発電は出来ても、現状では使用済み核燃料を廃棄する術が無いからだ。


日本では使用済み核燃料はゴミではなく資源として扱われる。
発電し、用済みとなった使用済み核燃料は一旦発電所内の使用済み燃料プールへと貯蔵される。
使用済みとは言え、膨大な熱を発し続けるので冷やし続けなければならない為だ。
その後、青森県は六ヶ所村にある、再処理施設へと送られ、ここで核燃料となるウランとプルトニウムを取り出し、残りをゴミとして廃棄する。
取り出された核燃料は高速増殖炉もんじゅで増やし、再利用をくり返すという、まさに夢のサイクルだった。


一見何も問題無いようだが、再処理施設ももんじゅもトラブル続きで未だ稼働には至っていない。
その上、再処理施設を経て出てきた核のゴミの最終処分場すら決まっていないのだ。


たまり続けたその量は17000トン。
原発を再稼働すれば、早いところでは2年でいっぱいになるという。
もはや再稼働云々の次元では無いのだ。
にもかかわらず、電気代が上がるとか、資源確保(それは否定しないが)の問題にすり替えて再稼働を進めている。
仮に再稼働が実現したとしても、行き場のない核のゴミの問題はどうする気なのだろうか。


●使用済み核燃料が資源として扱われる不思議

依然として稼働の目処が立たない再処理はもうやめようという動きがあったそうだが、結局継続になってしまった。
理由は、ここで事業をやめてしまうと、一民間企業である原燃(日本原燃株式会社)経営が立ち行かなくなること。
事業をやめれば、六ヶ所村へと送られている使用済み核燃料を各原発へ送り返す取り決めとなっている。
その為、もしそうなれば、最終処分場が決まっていない現在、もう発電はできなくなってしまう。
つまり、一企業の存続と、とりあえず原発を動かし続ける為だけに、核燃料サイクルは継続されているのである。
核燃料サイクルの構想は未だ実現されていないが、再処理の費用は電気料金として徴収されている。


震災前のことだが、私は一度六ヶ所村を訪れたことがある。
今だったらもっとアラ探しをするんだけどなあ。
http://takanobu.me/?p=340


原発は何もかもをお金で解決してきた。
自治体にお金を握らせて原発を建設し、ご用学者にお金を握らせて危険なものを安全とした。
お金で解決しなければならないということは後ろ暗いことがある証拠であり、そのことにもっと早く気がつくべきだったのだ。


未だ決まらない最終処分場の誘致もお金である。
公募を行い、審査を進むごとにお金が入るようになっている。
しかし、お金に釣られることのなかった地域住民によって阻止されてきて現在に至る。
さすがにもうこの方法では決まらないので別の方法を採ろうと考えているようだが、住民の反発覚悟で国が強制的に召し上げるか、後は不法投棄(笑)しか残ってはおるまい。


●超危険な使用済み核燃料

福島第一原発の事故において、実は一番危険だったのは使用済み核燃料が貯蔵されている4号機だったという。
使用済み核燃料の置かれているプールは原子炉のように格納容器には覆われておらず、水が干上がれば直接外気に触れる。
そうなった場合、住民の避難が必要な範囲は半径250km及ぶシミュレーションがなされていた。
これは全ての原発が抱えるリスクである。


うーん。
国や電力会社はどうやって解決(金の力で)して原発を再稼働するんでしょうねえ・・・。



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posted by topolino at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース/時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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