2015年09月19日

日本はこれで民主主義を辞めました。安全保障関連法案が衆院本会議で可決、成立。

法案についての文句はコチラに書きましたので、よろしければご覧下さい。
http://yukyu.seesaa.net/article/422493361.html


19日未明、安全保障関連法案が衆院本会議で自民、公明党などの賛成多数で可決、成立した。
http://mainichi.jp/select/news/20150919k0000m010170000c.html

今国会で成立させる必要がないと考える人が68%にも及ぶ中、参院平和安全法制特別委員会で強行採決する等、いろいろとおかしかった。


http://www.asahi.com/articles/ASH9F659TH9FUZPS569.html


http://mainichi.jp/select/news/20150919k0000m010145000c.html


ツイッターでは、強行採決は民主主義において合法だという意見や、読売新聞社説では、審議が尽くされた法案を粛々と採決するのは、民主主義の基本原則に合致している、としている。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20150917-OYT1T50110.html


しかし、審議は無駄に時間を費やしただけで議論が尽くされた感はない(更に時間を掛ければどんどんボロが失言が出てきたことだろう)。
また、強行採決は民主主義において合法という意見においても、それはあくまで採決の方法が合法なのであって、その前提となる審議が中途半端な状態での採決は、民主主義ではアウトだろう。
しかも、憲法違反とされているものをである。
つまり、日本は法治国家であることも、民主主義であることも辞めたと言っても過言ではない。
戦争ができる云々よりも、そっちの方の意味が大きいと私は考えている。


こちらのまとめがどの程度信用に足るものかは分からないが、「日本は民主主義国家だって?笑っちゃうね。」はまさしくその通りである。
http://blog.livedoor.jp/zzcj/archives/51902005.html


日本の中では大した変化は無いかもしれないが、これを外に向けて発信してしまった意味はとても大きいだろう。
法治国家であることも民主主義であることも辞めた日本は果たしてどこに向かうのだろうか。
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2015年09月14日

鬼怒川の堤防越水は設置方法がマズイのであって、ソーラーパネル自体が悪いわけではない。

今回の豪雨で被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。

今回の鬼怒川の堤防越水の一因が、ソーラーパネルの設置業者が自然堤防を削ったことにあるというニュースが流れた。
デマだデマじゃないと二転三転したが、いずれ事実関係は明らかになるだろう。
というか、今後の事もあるし、他にも同様の事例はあるかもしれないから、きちんと明らかにしてもらわないと困るわけだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150912-00000050-nksports-soci

http://www.j-cast.com/2015/09/11245048.html

http://togetter.com/li/871923

http://togetter.com/li/872100

今回の件で、ソーラーパネルはエコじゃなかった等、ツイートが流れているのを見て、短絡的だなあと思った。
どう見ても悪いのは(一応越水の原因が堤防を削った事にあるとしています)設置方法であってソーラーパネル本体ではない。


原発事故の時もそうだったが、一旦事故があるとそれそのものが全部悪いとしてしまう風潮はいい加減やめたらどうだろうか。
福島第一原発は原発そのものではなく全電源喪失を想定していなかったことが悪いのだ(そもそもウランやMOX燃料を使う現在の原発自体が危険とうい話もありますが、それとは分けて考えて下さい。現在のいわゆる反原発は、原発のどこが危険だから是正しろというものではなく、技術そのものを否定するものだからです。)。
技術そのものを否定してしまえば、否定したそのものもそうだが、その他の技術に応用もできないので進歩はない。


それと同様に、ソーラーパネルもそれ自体には特段害はないが、堤防を削るとか、土台をケチる等すれば被害を拡大してしまう。
土台をケチったせいかは不明だが、突風で吹き飛んだ事例はある。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000052687.html

せっかく設置したソーラーパネルなのだから、長く使えるように行政も含めてキッチリと対応策を決めてもらいたい。


ちなみに、現状事故が起きたらまともに避難もできない原発の運用には反対だ。
福島第一原発の時は屋内に留まった方が良かったという話もあるが、それは逃げるか留まるが選択できて初めて良かったと言えるものだ。
過去の事例では留まった方が良かったかもしれないが、次はどうなるか分からない。
避難か待機か、避難ならどのルートか等、きちんと選択できるようにしておくことが重要だ。
それができないのに稼働(稼働していようがいまいが危険だという話もあるが、それは稼働の根拠にはならない。止まっていても危険なら廃炉しかない)させるということは、結局事故を想定していないということなのだから。
このままでは原発はおろか、ソーラーパネルだって使えなくなってしまう可能性だってあるのだから。
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2015年09月09日

消費税10%時の負担軽減策が上限4000円の給付で、マイナンバーカードを端末にかざしてパソコンで申請ってアホか!!

財務省は8日、2017年4月に消費税を10%に引き上げる際の負担軽減策を、一旦10%を課した後、酒類を除く飲食料品(外食も可)購入時の増税分の差分に見合う金額を給付する案を示した。
給付は4000円程度を上限とし、受給するにはマイナンバーカードを持ち、買い物時に店舗に設置された端末にかざし、かつパソコンでの申請が必要だという。
整備には3000億円が必要と言う。
http://news.livedoor.com/article/detail/10566585/


もうこれ、バカじゃないかと。
まず金額。
10%と8%の差分2%で計算すると、4000円は200000万円を使ったら課せられる額となる。
月16666円、一日当たり555円である。
一人暮らしでの食費は2万円前後とのことだから、月16666円はかなり切り詰めての数字となろう。
http://matome.naver.jp/odai/2140168240810406801


そして、4000円の給付を受ける為の手間。
わざわざ店舗への端末設置とシステム構築、情報漏洩と紛失必至のカード持ち歩き、そしてパソコンからの申請。
麻生さんは「カードを持ちたくなければ持って行かないでいい。その代わり、その分の減税はないだけだ」と言い放ったそうだが、これはもう4000円だったら面倒臭いからいいやと、申請しないように仕向けているとしか思えない。
そんなものにわざわざお金と手間をかけて、端末設置やシステム構築をする意味が分からない。
そんなことをするお金があるのならば、それを給付に回した方がマシである。
上で見たように、月17000円なんて普通に使うのだから、一律で給付してしまった方がよほど良い。
これはもう、本当に愚策としか言えない。
いくらもらうんですか?って聞きたくなるくらいのダメさ加減だ。


日本という国は低所得者の事なんか考えていないのだから、あらゆる手を使って節約することが重要だということだ。
消費が伸びないなんて知ったことではない。
低所得者ほど負担が重くなる、一律の消費税なんてものを導入するのが間違いなのである。
社会保障に使うという消費税の導入理由からして嘘だったのだから、弁護の余地は全く無い。
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2015年09月08日

日本は難民を受け入れるべきか否か。

トルコの海岸に打ち上げられた一人の男の子の遺体の写真が世界に衝撃を与えた。
男の子の名前はアイラン。
シリアの内戦を家族で逃れてきた難民で、トルコのビーチリゾート、ボドルムからギリシャのコス島へ向かう途中転覆した。
http://jp.wsj.com/articles/SB12096842380967064583604581211692551093796


シリアの内戦も4年半に渡って続き、家を追われた難民は400万人とも言われている。
もはや周辺諸国ではまかないきれないとして、国連は日本にも難民の受け入れ要請をしている。
http://www.asahi.com/articles/ASH6L64RXH6LUHBI02J.html


●日本は難民を受け入れるべきか否か

日本も難民を受け入れるべきか否かと問われれば、人道的には受け入れるべきであろう。
だが、土地、経済、宗教、言葉等を考えると、厳しいと言わざるを得ない。
都市部はそもそも土地が少なく、地方に行けば、土地はあるかもしれないけども日本人ですら仕事が無い。
そして、言葉と宗教の違いは常に付きまとう。
どう見ても安易な受け入れは、双方ともに不幸になる結末しかないように思える。


どうしても受け入れるのであれば、住居や仕事などの整備を進め、ある程度の目処が立ってからとすべきだ。
そうでないと、犯罪に手を染めてしまうかもしれない(同じ状況に置かれれば、日本人だって同様だろう)。


また、難民だからと足元を見て、現代の奴隷制度と悪名高い外国人技能実習制度のようなことをやってしまうかもしれない。
そんなことをすれば、世界に恥を晒すどころではないだろう。


ではどうするか。
現実的には資金や物資の支援しかできないのではないだろうか。
日本政府に難民を受け入れる意思があるのであれば、その体制作りを進めるのも良いだろう。
また、紛争の終結の為の協力をする(とは言っても、どちらかの体制に付いての直接介入はできないだろうが)。


アイラン君の写真を見て、難民を受け入れろと叫ぶのは良い。
でも、感情を優先しては良い結果は生まないだろう。
むしろ叫ぶべきは紛争の終結である。
紛争が終わらなければ、難民は増え続けることになるのだから。


とは言え、紛争の原因が欧米の植民地支配や帝国主義にあるのだから、単純に空爆して収まるとも思えな。
負の連鎖、暴力の連鎖を断つにはどうするのか考えなくてはいけないのだろう。

posted by topolino at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース/時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月27日

夏休み明けに増加する自殺者。死ぬくらいなら図書館へ。

ツイッターを眺めていると、学校行きたくなくて自殺するくらいなら図書館へ、というツイートがあり、良いなと思った。


内閣府の調査によると、1972年から2013年の18歳以下の自殺者が、夏休み明け(9月1日前後)が最も多いという調査結果が出された。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG18H7L_Y5A810C1CR8000/


これはまあ、正直分かる話である。
子供に限らず大人だって仕事行きたくねーなーと休み明けは憂鬱だ。
日曜の夕方、サザエさんが始まると憂鬱になるサザエさん症候群は有名な話だ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%B6%E3%82%A8%E3%81%95%E3%82%93%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4


普通の休みだってそうなのだから、長い休み明けなら尚の事。
もちろん中には学校行きたい、仕事行きたいとウズウズする人もいるだろうけども、ほとんどの人は憂鬱になるのではないだろうか。


●自殺するくらいなら図書館へ

最近は授業時間の確保の関係で、始業式が9月1日でない学校も多く、その関係で既に学生の自殺のニュースが報じられている。
気持ちは分かるが、親御さんや友達など、貴方が死ぬと悲しむ人がいることを思い出してほしい。


また、図書館等で違うことを考えることも有効だ。
鎌倉市図書館さんもツイッターでこんなことを言っている。
「もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。マンガもライトノベルもあるよ。一日いても誰も何も言わないよ。9月から学校へ行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、逃げ場所に図書館も思い出してね。」
https://twitter.com/kamakura_tosyok/status/636329967668695040


それに、昔から「案ずるより産むが易し」という。
先の事をああでもないこうでもないと考えるより、さっさと行動に移してしまった方が楽ということだ。
逆に言えば、人間は皆昔から同じようにあれやりたくないなあとか、これやりたくないなんて考えているということだろう。
人間皆同じようなものだ。
posted by topolino at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース/時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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