2012年11月19日

死を考えることは生について考えることに他ならない

会社の先輩が亡くなった件についてこちらに書いた。
http://takanobu.me/?p=1842
否応無しに、死について考えることになった。


●地獄や天国などの死後の世界はあるか

今、地獄がブームであるという。
親が子供のしつけに使うのだとか。
悪いことをすると地獄に落ちるよ、というわけだ。
こんな本を見せながらやるそうだ。

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子供が悪いことを止めるのは死後の恐怖の為である。
悪いことをするなと抑制をかけるだけであり、進んで良いことするということではない。


個人的には死後の世界というものはあると思っている。
人は死ぬときに21グラム軽くなるという(本当かどうか知らないけども)。
こんな映画もあるくらいだ。

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それが何に起因するものなのか。
魂や霊魂と呼ばれるものは本当にあるのか。
人類はいずれ解き明かす時が来るだろう。


神が自分達に似せて人間を作ったのであれば、それが解けない理由は無いからだ。
人智を超えたものはたくさんあるが、まだそれは人智が追いついていないだけである。
追いついた時に必要とされるのが倫理であって、その話はまた別に譲る。


●生と死は表裏一体

生があるから死があり、死があるから生がある。
それは逃れることのできない宿命だ。
死について考えることは生について考えることに他ならない。
死に方を考えることを生き方を考えることである。
分かることは死ぬ瞬間までであり、その後のこと(死後の世界)について考えたって仕方がない。
後は残された者の心配をすることくらいだろう。


花は散るから美しいのではない。
精一杯咲くから美しいのである。
美しく咲くから、散り際も美しいのだ。


良い死を迎えたいのであれば、良く生きるしかない。
至極単純なことである。
だから難しいのだけれども。

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2012年08月20日

先日、施餓鬼に行って来たんだが・・・

先日、施餓鬼に行って来た。
施餓鬼(せがき)とはその名の通り餓鬼に施す行為であり、餓鬼とは死んで餓鬼道へ生まれかわったものをさす。
餓鬼道はいわゆる地獄の一つであり、生前において強欲で嫉妬深く、物惜しく、常に貪りの心や行為をした人が死んで生まれ変わる世界とされる。
餓鬼にもいろいろあるようだが、最初に連想するのは以下の餓鬼だろう。

一切の飲食ができない餓鬼。
飲食しようとするも炎となり、常に貪欲に飢えている。唯一、施餓鬼供養されたものだけは食することができる。

ご先祖様の中には、もしかしたら餓鬼道へ落ちている人もいるかもしれない。
そういう人達を救うべく、善行を積む行為が施餓鬼だ。


●餓鬼は救えど・・・

やってて思ったのは、地獄の餓鬼は救うのに、当の生きている人間は救わんなあということだ。
罰当たりを覚悟して言えば、お坊さんにとってお盆は書き入れ時だ。
当然お金が動く。
そうしてもらったお金を何に使う?
生臭坊主はランボルギーニとか買うのかもしれないが・・・。


施餓鬼をするには、この世に生きる全てのものに食べ物を分け与えるというのも含まれる(多分)。
でも、できてないよなあ。


このままじゃあ、生きてる人間も餓鬼道へ落ちた人も救われないんだろうなあ。
そして、私の行き着く先はきっと餓鬼道なのだろう。

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2012年07月20日

ちょっwwwww違反者講習行って来たんだがwwwww

IMG.jpg

先日車の免許の更新に行ってきた。
堂々違反者講習なので免許センターへ行って来たのだけれど、いつ来ても混んでる。
免許の書き換えごときに4000円も払って1時間くらい並ばされた上に2時間も講習を受けるなんてどうなってるんだ。
やっぱりドイツみたいに書き換え不要の一生ものとすべきだ。


●初めての違反者講習、その内容は?

さて、前回は一般者講習だったし、違反者講習初めてだったのでちょっと楽しみだった。
善良な市民(町民)である私に犯罪者のレッテルを貼るくらいだから、さぞやありがたいお話が聞けるのかと思ったら・・・。


まず、「安全運転を確かなものにするために」という面白くもなんともなさそうな教本と「交通安全のために」という冊子を渡された。
そしてまず、質問、回答、結果がどうみてもそのまんまの安全運転自己診断をやらされた。
例えば、「前の車のブレーキランプに気づくのが遅れて、あわてることがある」という質問にはいと答えると、あなたは不注視ですとなる。
バカだろwww
運転しててそういうヒヤリハットに遭遇したことない人がどれだけいるだろうか。
むしろそういうことを気にせずに「いいえ」と答える方が問題ありだ。


次に千葉県の交通事故の傾向を説明。
死亡事故が多いので、現在「3ライト運動」なるものをやっているとのこと。
1.ライト(前照灯):早めのライト点灯、小まめな切り替え
2.ライト・アップ(目立つ):反射材、LEDライト等の活用
3.ライト(右):右からの横断者にも注意
を推奨しているとのこと。
ちなみに、ドイツのアウディなどに装着されているLEDのランニングランプは、日本では色の規定や光度が300カンデラを超えないことと言った規定がある。
スタビリティコントロール等の安全装備が欧州に比べて遅れるのはどうしてだろう。


また、ヘッドライト関連では、横断中の人を跳ねてしまう事故では、左からではなく右からの横断が圧倒的に多いとのこと。
これに関しては、ヘッドライトの構造(左側がより遠くまで照らすようになっている)によるものだとしていた。
だからこまめにハイビームとロービームを切り替えろとのこと。
まあ、この辺はごく当然のこと。
これも自動で切り替えを行うように技術が進んでいる(もちろん講習ではそんなこと言わなかったけれど)。


後は法規が改正されたことと、何年前に撮ったんだよというようなビデオを見て終了と相成った。


いかに文句付けてやろうかという姿勢で望まないと全くもって無駄な時間となるところだった。


●どうあっても人のせいにしたいのか!?

講習を受けていて感じたのは、事故の原因を全て人のせいにしようとしているのでは?ということだ。
確かに人が介在しているのだからそれは正しいのかもしれない。
でもそれを埋めるために技術を進化させてきたのではないか。
例えばヘッドライトのことに付いては、一部自動でハイビームとロービームを切り替えるクルマがあるとか、最新のトピックを教える必要があるのではないか。


また、交通事故については、少なくとも関越道のバス事故を過労と運転の関係などと絡めて話すべきではないだろうか。
ちなみに、関越道の事故は直接の原因は居眠りでも、事故を重篤化させてたのは道路の構造にあるとのこと(もちろん講習では一切触れないが)。


本気で交通事故を無くそうとしているとはとても思えない内容だった。


●飲酒運転が無くならない理由は?

これは持論であり、ちょっと無理やりな気もするが。


ハインリッヒの法則というものがある
労働災害における経験則の一つである。1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというものだ。


飲酒運転による事故を1つの重大事故とするならば、29は飲酒運転をしたが何もなかったこととする。
そして300は軽微な違反(速度違反等)とする。
この法則の重要なところは、重大事故を防ぐには軽微なうちにその芽をつめということだ。
つまり、軽微な違反をつぶさないから飲酒運転が無くならないのではないだろうか。


今の交通事情では、その道の制限速度を守って走っていたらまず間違いなく邪魔者扱いだ。
そうならない為には速度を上げざるを得ない。
つまりは恒常的に違反を犯すことになる。
違反に慣れてしまうことが、後の飲酒運転へと発展するのではないだろうか。


現状軽微な違反で捕まるのは運が悪かったくらいの確率だ。
警察はそれを無くそうとしているようには思えない。
むしろ違反をさせてそれを取締り、罰金を召し上げることを目的としているようだ。


だから罰金を引き上げたて飲酒運転は無くならない・・・。


まあ、もし自分が教本を決められる立場にあったら、間違いなくコレにするでしょうねwww


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2012年06月21日

生活苦は違憲状態である

ワーキングプアや生活保護等、現代社会は主に金銭的理由から生活苦にある人が大勢いる。
働いているにも関わらず年収200万円以下の人をワーキングプアと呼ぶそうだが、平成21年時点で約53万人となっているが、これは本当に合ってるのか?
もっと多いんじゃないだろうか。
http://www.isfj.net/ronbun_backup/2010/j03.pdf


また、不正受給で取り沙汰されている生活保護受給者も少し前に200万人を超えたそうだ。


●生活苦は違憲なり

この話を聞いた時は、非常に分かり易いと膝を叩いた。
日本国憲法第25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」とある。
この状態が成されていなのであれば明らかに憲法違反だ。


違憲であるならばそれに適合できるように是正措置をするのが本来の姿なのだが、その気配はなく消費税増税によってあるべき姿からはさらに遠のいて行くように思える。


憲法は確かに理想論だ。
それを実現するには大きな苦労もあり、また現実がそうでないからこそ理想を語る意味がある。
理想に向けて努力する意味がある。
でも、多くの人が求めるのは遠い理想へ近づくことではなく目先の利益のみだ。


人が憲法を守るのではなく、憲法が人を守る。
それを実現するために努力するのが正しい姿だと思うのだけれど。

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2012年05月27日

人間いつかは死ぬものだけれど・・・

祖母が亡くなった。
結核と診断され、亡くなる前の一ヶ月くらいは病院だった。
運が良いのか悪いのか、自分はちょうど実家に帰ってきていたので運転手として駆り出された何回か病院へ行った。


結核病棟で隔離されていると聞いていたのでものすごく厳重に管理しているものだと思っていたが、正直拍子抜けした。
1個210円のマスクを買って装着して入るのだが、誰が見てるわけでもないし、チェックもされない。
マスクは買わなくても入れるし、使い回しをしても分からないだろう。
あくまで自己責任。
こんなマスクを装着する。

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●人間の致死率は100%

いくらお金を持っていようが、健康に気を使っていようが、人間は100%死ぬ。
死ぬ時期が多少前後するだけだ。
もう自分だっていい年してるのだから、そんな事は百も承知している。


夜中、血圧が下がったと病院から連絡があり、両親は死に目に会えたそうだ。
自分は留守番していたが。
いざ、亡くなったことを聞かされても、不思議とそれほど悲しくはなかった。
ただ、いつも居る人が居ない。
呼べば部屋から出てきそうな気が今でもするだけだ。


人間死ぬとどこへ行くのだろうか。
少なくとも、今生きている人間でそれを知ってる人はいない。
だって誰も死んだことはないのだから・・・。
それで悩んだって仕方がないということだろう。

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タグ:死ぬ 往生 祖母
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